HPLC用マニュアルインジェクタの使い方
高速液体クロマトグラフ(以下HPLC)でマニュアルインジェクタを使用されたことは有りますか?オートサンプラが有ればマニュアルインジェクタは不要「かも?」知れませんがマニュアルインジェクタの利点を生かして使用するケースも有ります。そこで、本コラムではマニュアルインジェクタの概要やその使い方についてご案内します。
~目次~
- HPLC用インジェクタの概要
- HPLC用インジェクタの役割
- マニュアルインジェクタの取り付け位置
- マニュアルインジェクタの基本構造
- サンプルループの選択
- マイクロシリンジの選択と取扱い
- マニュアルインジェクタの流路構造
- マニュアルインジェクタのサンプル注入手順
- マニュアルインジェクタの保守、メンテナンス
- マニュアルインジェクタの仕様に関する注意事項
HPLC用インジェクタの概要
高速液体クロマトグラフ(HPLC)において液体試料の注入装置をインジェクタ(またはサンプラ)と言います。このうち、1検体ずつ試料を手動注入する装置をマニュアルインジェクタと呼びます。これに対し試料注入を自動で行うものがオートインジェクタ(またはオートサンプラ)です。オートインジェクタには下記の利点が有ります。
- マニュアルインジェクタに比較して試料注入量誤差が生じにくい
- 数10~1000検体程度まで、検体数の多い試料を連続無人で注入できる
- 測定の前処理を自動で行うことが可能
これに対し、マニュアルインジェクタを選択する利点も存在します。
- オートインジェクタに対してマニュアルインジェクタは価格がかなり安い
- オートインジェクタに対してマニュアルインジェクタは設置スペースがかなり小さい
- オートインジェクタに対してマニュアルインジェクタは機械的な部分が少ないためメンテナンスが容易
- オートインジェクタに対してマニュアルインジェクタは注入条件の変更が容易
このように双方に良い点、マイナス点が存在しているため1つのシステムに両方(オートインジェクタ、マニュアルインジェクタ)を装備する場合も有ります。
今回はこのうちの「マニュアルインジェクタ」の特長とその使い方について解説します。
HPLC用インジェクタの役割
基本的なHPLC装置の構成を図1に示します。
図1 基本的なHPLC装置の構成
図の左から右へ、溶離液がポンプで送液されているところへ試料を注入(インジェクト)してカラムへ入り試料中の混合成分が分離されます。そしてカラムで分離された成分毎に検出器内に送られ検出されます。この流れの中でインジェクタとして重要な役目は、
「送液されてきた溶離液の状態をできるだけ変化させずに試料を注入してカラムへ送る」
という事です。これは注入の動作によって気泡が噛んだり、送液圧力が極端に変化してしまうと測定結果に影響してしまうからです。特に、マニュアルインジェクタでは測定毎にヒトの手動操作にて試料注入するので、操作誤差や操作ミスが出やすくなるため注意が必要です。
マニュアルインジェクタの取り付け位置
先の図1で示した「基本的なHPLC装置の構成」の通り、マニュアルインジェクタは送液ポンプとカラムの間に取り付けます。送液ポンプや専用のスタンドに固定して設置する場合も有りますができる限りカラム直前に設置した方がインジェクタとカラム間の配管が短くなり、試料のカラム分離開始が早くなります。更にカラムオーブンを使用している場合はオーブン内にマニュアルインジェクタを設置すると溶離液、試料液の温度変化が小さくなるため効果的です(写真1)。
写真1 カラムオーブン内に取り付けたマニュアルインジェクタの例
マニュアルインジェクタの基本構造
注入手順の機械的な操作において、マニュアルインジェクタとオートインジェクタでは基本となる構造が同じで、バルブ(流路切換)を用いて試料注入をしています。このバルブを用いた注入法は、溶離液の送液状態変化を抑えて試料注入するのに有効な方法です。その基本構造をレオダインのマニュアルインジェクタ(7725i)にて解説します。
バルブのポートは本体裏面の6か所と前面のニードルポートが1か所あり、切換ポジションは「LOAD」と「INJECT」の2つのみです。このポジションを切換えることにより各ポートの流路が変わります。
写真2 マニュアルインジェクタ7725i裏面の6ポート(左)と 前面の1ポート(右)
写真3 マニュアルインジェクタ7725iの切換ポジション LOAD(左)と INJECT(右)
また、マニュアルインジェクタの種類によっては「LOAD」から「INJECT」へ切り換えた時のみにスタート信号を出力する機種(7725i、9725iなど)も有ります。スタート信号は付属のケーブルからHPLCユニットのスタート信号受信コネクタへ接続します。これにより、サンプルループ内の試料液がカラムへ向かうと同時にHPLC側の測定が自動でスタートします(手動スタートよりリテンションタイムの誤差が小さくなります)。
サンプルループの選択
サンプルループは注入量、測定機種、測定目的、試料や溶媒の特性(耐性)によって大きさ(容量)や材質(SUSやPEEK等)を選択します(写真4)。
写真4 サンプルループの例
このサンプルループに示された容量いっぱいに試料注入するのを「全量注入」、示された容量より少ない量を都度測って注入するのを「部分注入」と呼びます。
「全量注入」ではループ内に試料液を「擦切り一杯」で注入するので、マニュアルインジェクタでは毎回の注入量誤差を極力小さくできます。但し、注入量はサンプルループで固定となるので注入量変更などの融通が利かない(都度サンプルループの交換を要する)のが難点です。また、(毎回の注入量は変動しませんが)サンプルループ自身の容量誤差が±10%程度あるため、実注入量を正確にしたい場合は部分注入をする必要が有ります。
「部分注入」では、測定目的に応じマイクロシリンジでの注入量を変化させることができます。但し、マニュアルインジェクタではヒトの手で試料を測り入れるので注入量誤差が出やすくなります。また、「大は小を兼ねる」と判断して容量の極端に大きいサンプルループを用意すると試料がサンプルループ内で拡散してしまうのでカラムの分離に影響してしまいます。つまり、測定に適正なサンプルループを選択することが重要となります。
また、この他に「吸引注入」という導入が有り、ニードルポートからシリンジで吸引することにより試料をサンプルループに送る方法です。ノンメタル仕様(金属ニードルに試料が触れない)での測定などで使用されます(なお、オートインジェクタ、オートサンプラではこの吸引注入を使うことが多いです)。
マイクロシリンジの選択と取扱い
試料を注入するためにマニュアルインジェクタではマイクロシリンジ(写真5)が必要となります。
写真5 マイクロシリンジの例
全量注入の場合、マイクロシリンジは試料の注入量(サンプルループの容量)に対し2倍以上採れるものが必要となります。これは例えば図2の通り、溶離液(青色)で満たされた配管中のサンプルループにシリンジで試料液(緑色)を注入しようとします(①)。マイクロシリンジで試料液を注入すると試料液は配管の断面中心から押される様に管内を通ります。これに対し管内壁面は比較的緩やかに試料液が入るためサンプルループと同量程度の試料液を注入してもサンプルループ内は完全に試料液で満たされなくなります(②)。この状態を回避するために、試料液はサンプルループの容量2倍以上(完全にサンプルループが溶離液から試料液に置き換わる量)注入する必要があります。よって、マイクロシリンジもこの試料量が採取できるものを選択します。
<選択の例1> 100uLのサンプルループに全量注入の場合... 500uLのマイクロシリンジを選択
図2 全量注入の際の試料液注入量をサンプルループの容量の2倍以上入れる理由
部分注入では、極端に容量の大きすぎるシリンジは正確な試料量が採れないため使用できません。また、試料液を注入するために読む目盛りに誤差が出ない様にする必要が有ります。
<選択の例2> 50uLのサンプルループに20uLの部分注入の場合... 100uLのマイクロシリンジを選択
更にマニュアルインジェクタでは、ニードル(針)先端の形が尖ったもの(GCなどのセプタムを挿す形状)はバルブを傷つけるため使用できません(写真6)。また、ニードルのサイズにも注意が必要です(7725iの場合、外径0.71mm、長さ50.8mmのものを使用する)。つまり、シリンジも適正なものを選択することが重要となります。
HPLCでは、カラム分離に悪影響を及ぼすため流路内に気泡が入らないようにする必要が有ります。マイクロシリンジを操作して試料を注入する際も気泡が入らない様にする細心の注意が必要です。
マニュアルインジェクタの流路構造
レオダインのマニュアルインジェクタ(7725i)を例に試料導入から測定開始までの流路構造を解説します。
1.通常状態
通常時のインジェクタポジションは「INJECT」側になっています。このポジションでは送液ポンプから送られてきた溶離液(青色)はインジェクタの2番ポートへ入ります。その後1番ポートから出てサンプルループ内を通り4番ポートに入り、インジェクタの3番ポートから出てカラムへと向かいます。通常ではサンプルループが溶離液で満たされている状態です。
2.試料注入準備
試料を注入する前には、インジェクタポジションを60°回転させ「LOAD」側へ切換します。このポジションでは送液ポンプから送られてきた溶離液(青色)はインジェクタの2番ポートへ入り直ぐに3番ポートへ出されカラムへ送られます。これに対し、サンプルループは溶離液の流れから遮断されます。
3.試料注入
そしてサンプルループはニードルポート側と接続されるため試料をニードルポートから注入すると試料液(緑色)は4番ポートから出てサンプルループへ導入されます(押し出された液は6番ポートからベントチューブで排出されます)。
4.測定開始
試料導入後、測定開始時にはインジェクタポジションを60°戻して「INJECT」へ切換します。すると、最初の流路に戻るためポンプから送液された溶離液は試料導入しているサンプルループを通りカラムへと流れて試料はカラムに入ります。また、シリンジ内に試料液が残っている場合はそのまま押し出すと残液は5番ポートのベントチューブで排出されます。
次の測定を開始するまで、ポジションは「INJECT」のままです(①通常状態へ戻る)。
マニュアルインジェクタのサンプル注入手順
実際にマニュアルインジェクタ7725iを用いて試料を注入してHPLC測定をする手順は下記の例を参考にしてください。注入手順の詳細については取扱説明書を参照ください。
◎注入手順の例◎
(1)シリンジを洗浄用の溶媒で数回洗浄する
(2)試料液でシリンジを数回洗浄(置換)する
(3)試料液内でシリンジをポンピングして気泡を除去する
(4)シリンジで試料液を必要量(全量注入の場合はサンプルループ容量の2倍以上)採取する
(5)シリンジを上向きにして、気泡をニードル側へ上げたのちに少量排出して気泡を抜く
(6)HPLCの「注入待ち」状態とインジェクタのポジション「INJECT」を確認する
(7)ニードルポートにシリンジを挿す
(8)少量排出してニードル先端に残った気泡を抜く
(9)インジェクタポジションを「LOAD」へ切換する
(10)目的の注入法により試料液をサンプルループへ導入する(部分注入の場合はシリンジの注入量を見る)
(11)インジェクタポジションを「INJECT」へ切換する(測定開始※)
※スタート信号が送られる機能付きのインジェクタはそのまま測定が開始されるが、その機能が無いインジェクタの場合はHPLCの測定スタート操作を行う
(12)シリンジに試料液が残った場合、そのままプランジャを押し込み排出した後、ニードルポートからシリンジを抜く
(13)シリンジに洗浄溶媒(溶離液)を取り、インジェクタポジションが「INJECT」のまま洗浄溶媒(溶離液)を通してライン洗浄する
マニュアルインジェクタの保守、メンテナンス
◎ハンドルの調整
マニュアルインジェクタの流路切換時に操作するハンドルは使用により緩みやすくなります。測定前に確認してハンドル動作に遊びが多くなったら六角レンチで締め直してください。
◎流路の洗浄
INJECTポジションにて、サンプルループを含むインジェクタの流路内は溶離液が流れている状態です。一般的な溶離液を通すことにより流路洗浄となりますが、溶離液が変性しやすい場合や、溶離液中に塩を含んだ緩衝剤などを使用している場合は測定終了後適切な溶液に変更してマニュアルインジェクタ内の流路を洗浄してください。また、ニードルポートはニードルポートクリーナーなどを用いて洗浄をしてください。
◎ローターシールの交換
バルブの切換えを繰り返すことにより、ローターシールは擦り減ってシール性能が低下していく消耗品です。また、先の尖ったニードルを間違って使用して刺してしまったり、試料液中の残粒子や溶離液からの塩の析出などで傷がつくことも有ります。このローターシールが劣化した場合は交換が必要になります。
◎インジェクタ内からの液漏れ
インジェクタ裏面から液漏れが有る場合、配管を繋ぐメイルナットの緩みを確認してください。ステータ付近やニードルポートから液漏れが有る場合は本体の圧力調整ネジを回して増締めしてください。圧力調整ネジを締めても液漏れが止まらない場合はローターシールを交換してください。
マニュアルインジェクタの仕様に関する注意事項
マニュアルインジェクタの仕様はそのインジェクタ毎に違いが有ります。詳細はメーカのカタログなどでご確認ください。
◎PEEK製インジェクタ
金属溶出などが測定に影響する場合はPEEK製のインジェクタを選択してください。その際の配管、メイルナット、フェラル、サンプルループもPEEK製を選択してください。
◎使用する溶液のpH
一般のマニュアルインジェクタに使用されているローターシールはベスペル製です。ベスペルは耐摩耗性に優れていますが、アルカリには弱い材質です。使用する溶液のpHが10以上の場合はテフゼル製のローターシールに交換してください。
◎使用温度
マニュアルインジェクタの使用最高温度はステンレス製で80℃、PEEK製で50℃迄です。
◎耐圧
一般的なマニュアルインジェクタの使用耐圧はステンレス製で45MPa程度(7725iは48MPa)、PEEK製で25MPa程度(9725iは34MPa)です。
◎ニードルポートからの吹き戻し
サンプルループが大きい容量(7725iの場合、100uLを超える)を用いて測定する場合、「INJECT」から「LOAD」に切換えた時にニードルポートから噴き出す場合(急激な圧力の解放)が有るため注意が必要です。
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